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統計の結果は、統計を取った人に都合のよい結果が出るのか?
 アンケートにしろ何にしろ、集計した<素>のデータをどういじって報告するかっていうのは、報告する人次第。だから、自分にとって都合のよい結果を報告するのが普通。
 大昔、○○コーラと◇◇◇コーラの2つを飲ませて、どちらが美味しいかを答えさせ、「ほぼ半数の方が◇◇◇コーラが美味しいと答えました」という◇◇◇コーラのCMがありましたが、これは無理がありすぎ(笑)

 この前(?_?)って思ったのがこれ。



  デジカメで撮ってきた画像をその液晶で見ているだけなので、細かい字が読めません。
 多分↓に同じ画像があると思うですが、Nと〜の環境では開けません。
http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/kotu/kotuanzen/kotei/undou/undou.html

 何のことかというと、『高齢者(65歳以上の方)の交通事故の約74%は自宅から1km以内で起きている』ので、自宅近くでの事故に気をつけましょうというポスターを見つけてしまったという次第。婦警さんの格好をした女性(?)の絵が描かれております。

 ご自宅近くは油断しがち。ですから、ポスターの趣旨は理解できます。
 でも、この統計データをそのまま「自宅近くこそが危ない」と読み取らせようとしているとしたら……。意識して騙そうとしているにしても、知らずにポスターを作ったにしても大問題ではないかと思います。
 65歳以上の方々の行動範囲を統計していないのですから。

 65歳以上の方々全員の統計を取るのは不可能でしょうけれど、事故にあった方々だけでも取った上で、ポスターに小さい字であっても書いておくべきかと。
 生活圏がほとんど自宅付近という方もあれば、2km先の駅まででかけるのが当たり前という方もあると思います。人それぞれ。
 もしも、事故にあった方々のほとんどが、普段から自宅付近だけで生活しているとしたら、1km以上離れたところに行くときこそ注意するべきかと。

 でもねぇ。60代の方だったら1kmより離れたところに行くことも頻繁でしょうし、80代にもなれば遠出も減ってくるのではないかと……。年齢の切り方が中途半端なような気もします。
 遠くで事故にあった方は70代以下が多くて、近くは80代が多かったなんていう事実があったりしたらなおさら面白い(おかしい)です。
 1kmってのも中途半端ですよねぇ。ふぅ。
# by n-_-10 | 2008-11-03 14:15 | つぶやき | Comments(0)
考えたことを文章にすると言うこと
http://yaplog.jp/maybach1939/archive/937
↑からの引用--------------------------------------------------
>>最近本を読んではいるんだけど感想文はサボっています。
>>読みっぱなしってあんまり意味ないよねぇ。
>>読んだからには考えなきゃ、と思うんだが…。
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 Nと〜も様々な分野の本を読みます。世の読書家には及びませんが、読むときは1日2冊くらいの新書や文庫を。コミック類も勘定に入れていいのなら、多いときは……。
 感想文は書きませんが、読書メモくらいは書いた方がいいなぁって思っています。でもなかなか実行に移せません。ダメだねぇ。見倣いたいです。
 読みっぱなしではなく、考えながら読んでいるし読み終わったあとも考えているつもりですが、それっきり。感想文はおろかメモも取っていません。blogにメモするっていうのが他の方の感想も聞ける場合もあるし、あとで検索しやすいのでOKかも知れないのですが、「聖☆お兄さん」の感想を書いたりするのも恥ずかしいしなぁ……。

 読書に限らず、考えたことを文章にまとめるということは、自分の考えを反芻し、反省するチャンスになると思います。で、このblogを始めたのですが……。
 ニャンさんを見倣わなくてはなりません。

 ☆トラックバックを送れなくて残念☆
# by n-_-10 | 2008-08-03 05:41 | Comments(3)
友人席に座るということ
 昨日は友人カップルの結婚式。例によって「考えていません」が、つらつらとキーボードを叩いてみようと思います。というのは、「Nと〜さん、最近blog更新していませんね」と、隣に座った列席者にご指摘いただいたから。

 さて、友人カップル。
 友人と言っていいのかどうかはかなり疑問。ですが、友人席に座らせていただいたのだから、これからは堂々と「友達です」と言うことにします。新郎新婦の双方にお仕事でお世話になっているので、畏れ多くて「友達」などと気軽に言えないですけれど、免罪符をいただいた感じ。
 座席表には「新婦先輩」と紹介されていましたが、口頭では「友人」と言われていたので、そういうことでお願いします。さらに言うと、「新郎側がよいか新婦側か考えたのですが結論としては新婦側」と通告されました。『先輩』と書かれはしましたが、事実上人数調整。ま、確かに席は最上席のテーブル(の末席)でした。新郎側の主賓とバランスを考えるといい感じの人選であったと思われる新婦側。[Nと〜は員数会わせ]
 ダラダラ書きましたが、結論は【新郎新婦とNと〜は友人】です。えぇ、今後、誰が何と言おうとも「友人」扱いしていただきますし、Nと〜も彼らを「友人」扱いします。強調しておくと【新婦友人】ですから、正真正銘の新婦友人の皆様もどうかよろしくお願いいたします。

 で、席としては主賓が座るテーブルに交ぜていただいたわけですが、気分は「友人」でした。もしかしたら、『友人席に座る』のはもう最後かも知れません。そう思うとなんか複雑でした。きちんとした披露宴に出る機会もすっかりなくなってしまいましたから。

 お祝いに写真でも贈ろうと思って会場に早入り。会場周辺も撮りまくり!
 一眼レフを2台持ち込み。1台にはリバーサルをぶち込み、もう一台はデジタルカメラを貸してもらって戦闘準備。スナップ写真撮影はプロカメラマンに依頼済と聞いていたので気楽に参戦。
 目立つストロボを着けていったので、そのプロカメラマンに声をかけていただけました。沢山便宜を図っていただけてラッキー。
 36枚のリバーサルフィルムは昼間のうちに撮りきり、パトローネのまま新郎に。2次会はデジイチのみで撮影。デジタルデータも、メディアのまま新郎に渡して自由に加工してもらう予定だったのですが、《列席した同様な立場のもう一人》が「手を加えてCDかDVDに焼いてプレゼントしたい」とおっしゃったので、予定変更。データとメディアが新郎の手元に届くのはいつかなぁ。

 早入りしたので、結婚式前の写真も沢山撮影できました。新郎新婦の写真はもちろん、ご親族の皆さんの写真やお友達の写真も。Nと〜も撮ってもらえるとは思いもよりませんでした。早起きは三文の得?
 えぇ、正真正銘の「新婦友人」お二人も早入り。新郎新婦を囲んだ形で写真を撮ってあげるというプロカメラマンの声にこのお二人も大喜び。なぜか、[友友郎婦]の順に並んだので、カメラマンさんは[友郎婦友]の順がよいと指示。[友]のS原さんが反対側に回ろうとしたときに事件が!あぁ、Nと〜ってばカメラを持っていたのに撮影し損ないました。報道カメラマンの才能皆無でした。S原さんの名誉のため、詳細は伏せておくことにします。

 沢山の演出のあった披露宴。楽しく幸せな一時を過ごせました。
 二次会は新郎の職場の皆さんが用意なさったのだと思いますが、手作り感溢れる心のこもったパーティー。これまた居心地がよかったです。
 友人の立場で出席できる結婚披露宴やら二次会やらって気楽でよいです。「上司」とか「親」は大変だろうなぁ。
 昨日は、大変貴重な一日でした。ご招待くださったカップルには本当に感謝。

 書きたいことはまだまだあるのですが、書きすぎると不味いこともありそうですし、そもそも「更新していない」というご指摘を受けての更新ですからこの程度で。
# by n-_-10 | 2008-07-13 19:00 | つぶやき | Comments(6)
土井隆雄宇宙飛行士帰国報告会会場で思ったこと
 昨日、土井隆雄宇宙飛行士帰国報告会に行ってきました。

 スペースシャトルの軌道高度は地上200kmちょっとだそうです。地球の直径が1万km以上あるわけですから、せいぜい直径の2%程度のところを飛んでいるのですね。地球儀を手に持って考えると、本当に地球の近くを飛んでいるんだなぁって思いました。土井さんが、「また宇宙に行きたいですか?」と聞かれ、「行きたい」「もっと遠くに」とおっしゃっていた気持ちも理解できなくありません。月はどのくらい遠いのでしょう。火星は?

 真鍋かをりさんも壇上にいらっしゃいました。天然なのか台本通りなのか、いくつものボケを披露してくださって、会場は大爆笑。
 ロシアのモジュールでパーティーをしたときの映像が映し出されていました。飛行士の皆さんが箸を持っています。土井さんが「みんなお箸の使い方が上手で、食べ物を落とさなかったんですよ」と紹介なさると、聴衆はクスクス。眞鍋さんてば「お箸の使い方も訓練にあるのですか?」とおっしゃり、会場大爆笑。土井さんが「無重力ですから……」と説明なさったら、「え、わかんなかったのは私だけ?」と椅子から立ち上がって赤面なさっていました。会場はさらに大受け。
 なんで「眞鍋かをりのココだけの話」にアップしないんでしょう。面白かったのに。

 さて、「無重力」っていう言葉が何度も使われていました。
 ISSもスペースシャトルも自由落下しているんですよね。無重力なのかなぁ?っていう疑問。釣り合いが取れている状態を無重力と言う?ま、あの中では「重力を感じない」のは確かだと思いますけど。
 空気抵抗などを無視するとして、大きな箱を高いところから地上に落とします。自由落下中は、その箱の中は『無重力』ということ?ISSもスペースシャトルも自由落下し続けているだけで同じことだと思うのです。

 会場は撮影禁止。しっかりアナウンスされていました。PRESS受付があって、報道関係者はしっかり腕章も着けていたようです。
 でもチェックは甘かったです。チェックする気がないのかなぁ?
 Nと〜のすぐ前にいた小学生男子とその父親。父親ってば壇上をデジカメで写真に撮っていましたよ。アナウンス放送の前に誰もいない、プログラム的なモノが映写されている状態を移したというのではなく、トークショーの真っ最中。父親は息子に何を伝えたかったのでしょう。土井さんのお話を聞かせたかったわけでもなく、宇宙開発のどーのこーのを感じてもらいたかったわけでもなく、「見つからなければ、咎められなければ何をしても大丈夫」ということを伝えたかったのでしょうか?
 ちなみに、壇上には土井さんの左右に眞鍋さんと毎日新聞社の斗ヶ沢科学環境部長がお座りでしたが、お父さんのデジカメ液晶画面には土井さんと眞鍋さんしか映っていませんでした。

 撮影の件。実はNと〜も撮影したいなぁって思っていました。ダメだろうと思ってはいたのですが、OKだったときに後悔するので機材持ち込み。アナウンスを聞いて諦めたのですが、この父親の姿を見て悔しくなりました。
 悔しくなってからちょっと考えました。「どうして撮影したいのだろう?」と。
 記録欲でしょうか?収集・所有欲?blogにupして報告するための資料?そんなことを考えていたら、壇上を撮影することがバカらしく感じられました。自分の記憶に残しておけば十分でした。他の人に見てもらうのは報道関係者に提供していただけば十分。

 報告会聴衆へのお土産として、各種パンフレットと絵はがき、団扇、ピンバッチ、ワッペンをいただきました。ブーメランは入っていませんでした。
# by N-_-10 | 2008-05-11 11:11 | つぶやき | Comments(2)
自転車通行可の歩道

 昨日、防衛省付近を歩いた。歩道が3メートルくらいの幅。広くていいなぁ。で、自転車が車道寄りを走るという(交通法規に記載されている)ルールが誰にでもわかりやすく表示されていた。
 人のスペースの方が広いし、わかりやすいし、もともと広いから自転車にも負担がなさそう。土曜日だったためなのか、自転車もそんなに走っていなかったし。
 Nと〜の住んでいる街。国道沿い歩道の幅は2メートルくらい。自転車通行可だけれど、自転車の走ってよい領域が表示されていない。点字ブロックが境界線だとすると、自転車用スペースの方が広い。自転車の通行量も多く歩くときはビクビク。
 田舎のインフラ整備はまだまだ?何が悪いのだろう?
# by n-_-10 | 2008-04-13 08:46 | Comments(0)
某県立○△高校卒業式
 今日はある高校の卒業式に行ってきました。これ以上はないというくらいの良い天気。卒業生のパフォーマンスも各クラスの代表が証書を受け取るときに壇上で瞬間芸(?)をしたのと卒業生のことばを読んだ生徒がちょっとイレギュラーなスピーチをした程度。スピーチが長かった分だけ予定時間を上回りました。


校長先生のお話し(間違いご容赦)
 昨年の卒業生には昭和63年生まれと64年生まれ、平成元年生まれが混ざっていたけれど、今年の卒業生は全員が平成生まれ。「昭和」とか「平成」という元号がどれだけ影響するかはわからないが、最近は『三丁目の夕日』がヒットしたように“昭和ブーム”なのかも知れない。あの時代にはまだときどき「キツネに騙された」人がいたようだが、今はいない。いつ頃からいなくなったか。昭和40年が境目になっているという調査結果がある。昭和40年に何があったのか。経済の発展、工業化、交通の発達。色々あるだろうけれど、山の木を「神様の木」だと思うか、「あの木はいくらだ?」と考えるかの変化がこの頃に起こったようだ。人間と自然との関わり方の変化が、キツネに騙されなくなった原因だろう。
 源氏物語やギリシア悲劇を読んで現代人も共感することができる。色々変化の激しい世の中だけれども、変わらないものは変わらない。自分自身が高校生だったときのことを思い出してみても、教員に成り立ての頃の生徒のことを思い出してみても、今の君たちと全然変わらない。変わらないものを大事にしてこれからの人生を生きていって欲しい。
「三丁目の夕日」だけでなく、同じく西岸良平氏の「鎌倉物語」や内山節氏の「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」を引用してのスピーチでした。

PTA会長のお話し(大間違いご容赦)
 ある部活の活躍(全国大会出場)を心から喜ぶことができた。自分の子どもが所属していたわけでもないけれど、「仲間」のような「身内」のような感じがしたから。他国へのミサイル攻撃など、目標地に知り合いが1人でもいたらミサイルのスイッチなど絶対に押せないだろう。ほんの少しでも、自分の回りからでも、「仲間」の輪を拡げていってほしい。

同窓会長のお話し(大間違いご容赦)
 発心すればすなわち至る。頑張ってください。

卒業生代表のことば(のおまけスピーチの一部)(間違いご容赦)
 KYで何が悪い。どうしておまえの空気にあわせなくちゃいけないんだ。そういう配慮が必要な場面もあるだろうけれど、型にはまることはない!
# by n-_-10 | 2008-03-01 12:00 | Comments(2)
難しい……
 難しくてよくわかりません。
 こんなことを思っていたので、尊敬する有識者と言われる人に聞いてみました。
 各学校に特色を作れと言っている同じ口で、教員の異動サイクルを早めている。特色の根幹は人材ではないのか?県立高校の場合、同じ学校にいられるのは最長で10年になるそうだ。同じ学校で3回卒業生を出すのは至難の業。そんな状況でどんな特色が?
 県の諮問機関が、名簿提出はまかり成らんと答申しているのにも関わらず、その県の教育委員会は名簿を集めるそうだ。決められたことをしっかり守ることを教えるのも学校の役割だと思うのだが、学校を指導監督する立場の機関が答申を無視するというのはいかがなものか?
 来年度中に発表される学習指導要領でも日本史が必修にならない見通しだというので、県独自で日本史を必修としようという動き。再来年度にはいくつかの県立高校で試行されるという。教育課程の編成権は各学校(=校長)にあるのでは?

 そしたら……
 異動サイクルと特色については
「学校の特色は未来永劫変わらないものなのか?」
「20年いれば特色が出るのか?」
「校風と特色は違うものであろう」

などと言われ、他の2点については、
「答申には拘束力がないだろうし、参考にして結論を出しているはずだ」
「教育委員会できちんと審議されているはずだ」
「地域の特色を出すこと、国の手が届かないことをやることはよいことではないか」
「教育委員会の主体性が評価されてしかるべきだ」
「必要なら会議録の開示を求めてみてはどうか」

などと言われました。
 実はもっと沢山語ってくださったのですが、要約しきれません。ただ、教育委員を任命するのは知事だし、知事や教育長の意向が教育委員会の会議の結論にバイアスがかかることは当然であろうというコメントもありました。

 会議録の開示を求めるのは止めておきます。教職員組合が情報を入手しているはずですから、折を見て問い合わせたいと思います。

【神奈川県教委日本史必修記者発表】
http://www.pref.kanagawa.jp/press/0802/047/index.html



# by n-_-10 | 2008-02-21 20:20 | 学校教育 | Comments(3)
某校SSH研究発表会
 休暇をいただいて某高校の「平成19年度SSH研究発表会」に行ってきました。WebページからDLした要項には、参加者として【「SSH運営指導委員」「県内小中学校職員」「SSH研究指定校職員」「県教育委員会」「県関係機関」「市町村教育委員会」「科学技術振興機構」「本校SSH研究協力機関」等】とありましたので、行っていいものかどうかわからず、先方に問い合わせの上、〆切後に申し込んで出席しました。受付には参加者名簿があるのですが、ただ一人のために【一般】の名簿が用意されていました。[ご面倒おかけしました]
 午前の部は国立教育政策研究所五島政一先生による基調講演と生徒発表。午後の部は高校の先生方の研究実践報告とパネルディスカッションでした。
 基調講演前の県教育委員会高校教育課課長代理のご挨拶の中に、「国語の力は聴いているときに伸びる」という言葉がありました。課長代理が中学校1年生だったときに国語の先生から最初に聞いたお話だそうです。ざっと40年くらい昔のことなのに、その国語の先生の言葉はまだ生きているのです。教師の言葉の力を感じました。
 このご挨拶中、舞台脇にいた2人の高校生司会者は、しっかりと壇上を見つめてお話を聞いていたようです。SSH事業がこんな生徒さんたちに育て上げたのだとしたら、この学校のSSHは大成功に違いありません。
 基調講演ではアースシステム教育(ESE)という言葉を初めて聞きました。『ESEには惑星としての地球のシステムを総合的に理解するために7つの視点がある』そうです。この高校では、理科や数学のみならず、学校全体がESEに向けて一致協力している雰囲気を感じ取ることができました。
 最近、学校現場でも数値目標を設定することが多くなってきているような気がします。ところが、発表会では『感性を伸ばす』などという言葉が何度も聞かれました。そして、ただの美辞ではなく、きちんと裏打ちされた実践の報告がありました。教育の原点のような気さえしました。
 生徒さん達の発表も立派でした。時間が足りなかったのでしょうか、まだまだ深めることができるように感じる研究もありましたが、大勢の前で発表することによってより伸びていくことでしょう。

 ポスターセッションの際に慶應高校の先生が『飛び道具』が少ないという感想をおっしゃっていました。天下の慶應義塾と一公立高校では予算に大きな違いがあり、『飛び道具』=『測定器械など』を揃えられないのは仕方ないのでしょうが、SSH指定が外れたあとも今回のSSH指定の経験がこの学校に活かされるためにはどのような努力が必要なのだろうかとも考えさせられました。
 また、今回の発表会に参加した生徒はこの学校の理数科の生徒各学年1クラスで計3クラス。会場のキャパの問題もあるでしょうし、発表生徒のプレッシャーの問題もあるでしょうが、全校生徒が入れる会場で生徒発表ができた方がよかったかと思います。理数科のためのSSHではなく、学校がSSHに指定されていますし、事実一般コースの生徒も色々な場面でSSHの生徒としての学習をしているのですから。

 前述しましたが、SSHを通して生徒のためなることをしてやろうと、学校中の職員が奮闘している雰囲気は伝わってきました。こういった職場で仕事をしたいと心から思うNと〜でした。

 [2007年12月18日記す・今後、訂正加筆等あるかも知れません/ご容赦]
 [曖昧な表現に気付いた部分がありましたので、一部修正しました・20071219朝]

※1年生は【学年全員対象の発表会】を毎年恒例行事としているそうです。
 発表も全員なのか、理数科だけが発表なのかまでは伺っておりません。
                          [20071220追記]
# by n-_-10 | 2007-12-18 19:49 | Comments(0)
なよ竹のかぐや姫
 風邪をひいた娘の背中をさすりながらウトウトした。夢うつつの中で思い浮かんだこと。またしても大して考えておりません(blogタイトルを変えなくちゃダメか?)

 男親が娘を看病しながら添い寝できるなんてあとどれくらいの間だろう?
 ついこの前生まれてきたと思ったのにもうこんなに大きくなってしまった。
 中学生・高校生になったら父親とは口もきかなくなるのだろうなぁ。

 子どもの頃に「かぐや姫」の物語を聞かされたときも、学校の授業で「竹取物語」が教材だったときも、彼女の成長の早さは「物語だから」としか思えなかったけれど、娘の親になると、さかきの造夫婦の気持ちがわかるような気がしてしまう。
 どこかに嫁いでいくときは、きっと月に返すような気持ちになってしまうんだろうなぁ。
# by n-_-10 | 2007-11-24 08:23 | Comments(10)
校長先生のこと
 校長先生、やっと指摘があったようで訂正を出しました。でも、それも間違ってました。こういうところから学校への不信感が芽生えてくるような気がします。
 間違いを指摘したのも学校の先生ではなく保護者だったと書いてありました。保護者の皆さんが読んでくれていて嬉しいと書いてありましたが、裏返すと先生方は読んでいないか、読んでいても間違いに気付かない、または校長先生に対して何も言いたくないっていう雰囲気なんですね。どれであっても嫌です。

校長先生は裸の王様か?
# by N-_-10 | 2007-11-11 19:25 | Comments(0)


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