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出川イングリッシュってすごい

 ついこの前の日曜日、2月9日のこと。
 新宿駅で乗り換えようとJR地下通路を歩いていると、5〜6人だっただろうか、海外からのお客様とお見受けする方々が困っている様子。出口がわからないのか、どの階段を上ったらよいのか、多分落ち着いて表示を探せばわかるのだろうけれど、気付かないときはなかなか気付かない。ボクにもそういうことはよくある。
 自分自身お上りさんだし、そもそもコミュニケーションのツールとしての外国語のスキルも持ち合わせていない。にも関わらず、(ADHDの気があることもあり)ついつい「Need a hand?」などと話しかけてしまった。しかも、一回通り過ぎてからわざわざ戻って……。
 日本語で話しかければよかった。せめて「きゃないへるぷゆー?」って言っとけばよかった。英語でまくし立てられちょっと難儀した。結局のところ、彼らは東京駅に行きたいのだということがわかった。オレンジ色だ!お上りさんのボクにもわかる。「ついてこい」って身振りで示し、7・8番線の階段まで案内できた。「Go upstairs」ってひと安心したら「東京駅まで何駅?」と(英語で)さらに。こっちはお上りさん。えっと、四谷、御茶ノ水、神田……って数えて「4or5」って答えて、「Have a nice trip!」「Thank you.」とお別れ。

 出川哲朗さんをリスペクトして一日がスタートしました。

 で、思いました。
 大学入試に英語って必要なの?
   どれだけ勉強してきましたか?
   海外の学術的文献をきちんと読む基礎力はありますか?
ってことを知りたいのなら、従来型の入学試験で測れるし、測る意味も選抜の材料にする意味もわかります。
 英語に限らず、外国語を学ぶということは、自分の文化を第三者の目で見るチャンスとなるし、海外の文献を自分で直接欲ことができるようになるし、コミュニケーションの幅も広がるし、イイコトずくめだと思います。ボクも英語やフランス語をしゃべれるようになりたいです。

 でも、コミュニケーションのツールとしての英語の力って、大学入学の段階で必要なの?(画一的に)選抜の材料とするべきことなの?

 非認知能力(非認知的能力か?)が重要とされているようです。
 コミュニケーションが大切。自分ひとりで学ぶのではなく、協働的に学ぶというのは、多分もの凄くイイコトです。

 でも、大学入試でそんなことを測定する必要があるの?あるとしても、試験で測定できるの?
 AO入試(総合型選抜とも)で時間をかけて測定することはできるかも知れない。
 どの受験生がその大学の欲している人物か、時間をかけて何度もやりとりをしていく間にわかるはず。AOってそんなモノだと思う。

 でも、なんで英語の試験を新しくするの?
 不公平云々の問題ではなく、まったく意味がわからない。
 論理的思考力を測定するための試験は従来型の数学や理科なんかではなく、大分進歩しているように感じる。示されたデータを読み解き、自分の考えを自分の言葉で表す。素晴らしい!
 もし、英語の力を見たいのなら、与えるデータの中に英語の資料を織り込めばいいのでは?

 新しくしようとしてポシャっちゃった英語。ポシャってよかったよ。
 ボクには理念が感じられない。何のための試験なんだ?
 何のために何を測定しようとしているのか、全然わからない。

【文科省】

by N-_-10 | 2020-02-11 06:36 | Trackback | Comments(0)
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